2014年9月14日日曜日

日曜朝刊書評の楽しみ


新聞の日曜版といえば書評ページが楽しみである。自分で本を出版した時は、3か月間ぐらいはその本に対する書評が掲載されていないか日曜日ごとにドキドキしながら紙面を開くものだ。紹介されたから良い本だという証明にはならないが、掲載される本の数的な限界から主要紙の書評欄で紹介してもらうというのは大変なことだ。本屋によってはそれで平積みにしてくれたりする。
私も下手くそながらいくつかの雑誌に書評を掲載している。出版される本をすべてチェックできるわけもないので、ある程度ジャンルは限定されているとはいえ書評にどの本を選定するのかというのは偶然のタイミングによるところも多い。

書評を書く際には、3つのポイントを心掛けている。一つ目は、まず本の紹介。著者がどういう人で、どういう経緯でこの本が書かれたのか。あるいは一連の流れの中にどのような本があるのかを書評の読者に伝える必要がある。なにしろ書評の読者はその本について何もしらないのが前提だから。

そして2つ目は本の内容の紹介である。紹介の仕方も紙面が十分にあるのであれば段落を追って目次のように網羅的に紹介する方法もあるだろうし、あるいは強く印象に残った点について集中して紹介する方法もあるだろう。読者にこういうことが書いてありますよと伝えなければいけない。また人によって興味を引くポイントが異なるかもしれないので、本の紹介にも想像力を巡らせる必要がある。

3つ目はその本の内容に対する自分の所感である。

最初書評を頼まれたころは、実は何も意識しないでこうした手順で書評を書いていた。ところがどこかの時点で無意識に所感だらけの書評や、それに迷うと意見も何もない目次案内みたいな書評を書くようになってしまいひどく悩んだことがあった。その時に担当の編集者に教えを乞うたのがこの最低限の手順なのである。何のことはない。自分自身の古い書評を読み返すとやっぱりこの手順で書いていたのである。

前置きが随分と長くなったのだけれども、今朝の朝日と日経では(それ以外を読んでいない)両紙で同じ本。ニコラス・フィリップソンの『アダム・スミスとその時代 』(白水社)が紹介されている。朝日が水野和夫氏でサブタイトルは「『真の人間学』追求した哲学者」、日経は藤田康範氏でサブタイトルが「多様な視点から解く未完の『人間学』」。サブタイトルは多くの場合編集者の領域だから、この書評から受ける第3者の受けた印象を反映しているといえる。つまりこの本は高名なアダム・スミスは経済学者という狭い領域で捉えずに「人間学」者であるということが評者の共通した主張であるのではないかと想像できる。しかし両者の書評本文は内容が随分と異なるところが興味深い。

未だ読んでいないので早速注文することにした。

ちなみに僕は来週の週刊エコノミストに『プロパガンダ・ラジオ: 日米電波戦争 幻の録音テープ (単行本) 』渡辺考、筑摩書房の書評を書いています。戦争中の日米短波放送の話です。



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