2015年7月12日日曜日

ミンスキー・モーメント


ここのところ投資家の眼は中国市場の拙い株価維持政策に注目しがちだ。近年これほど分かり易い愚作も珍しいのでdisるにはもってこいなのだが、この事件の本質は株式市場が暴落したという事実にあることを見失ってはいけない。

今回おつきあいで買い出動してくれた人たちも、次回安値を下回るといつまでもいい顔をしてはいられない。この手の相場操縦で何が怖いのかと言えば、一度に集中的に出る売り物の分量を増やしてしまったことだ。

Market Hackの広瀬さんが今回の中国市場暴落の解説で「ミンスキー・モーメント」という市場用語を非常に控えめに使っていたけれど、僕も広瀬さんの意見に同感だ。今回も必ずそうなるという話ではなくて、せっかくのリーマン・ショックでの貴重な経験をすっかり忘れてしまうなんて「もったいない」話しだと思うからだ。でも多分ミンスキーをwikiで知らべてもよくわからないだろうから、お節介ながら株屋さんとして解説しておこう。これは僕が昔(2010年頃)書いたブログの焼き直しであることを断っておく。

効率的市場仮説(EMH)とハイマン・ミンスキーの金融不安定仮説(FIH)はお互いに相反する仮説というわけではないけれど、よく並べて記述される。2007年以降は、EMHの権化であるはずのハリー・マーコビッツがFIHの本を全然読んでいなかったことから、ピムコのポール・マカリーがからかったりしてよく並んで書かれてきた。

The Efficient Market Hypothesis EMH=効率的市場仮説
The Financial Instability Hypothesis FIH=金融不安定性仮説

EMHはご存知のとおり全ての情報は価格に織り込まれていることを前提とする。裁定が働いて市場は均衡状態にあると言う考え方でファィナンス理論は基本的にこの考え方をベースに構築されている。

FIHの方はリーマン・ショック以降に広く知られるようになった市場の不安定さを説明する仮説だが、それでもまだ一般的では無いだろう。しかし市場の大勢を考える上では単純ではあるけれども大切な思考フレームだ。 

第1定理
ヘッジ金融が多数を占める場合は安定した経済システムといえるが、投機的金融やポンツィが増えてくると不安定な経済システムとなる。
第2定理
長期にわたり安定が続くと不安定化する状態に移行する。 
要するに、市場が長い間好調だと不安定化するという、そりゃそうでしょうよ、というようなありがちな話だ。

ではヘッジ金融とかポンツィとは何なのかというと、ハイマン・ミンスキーのFIHでは経済活動において以下の3種類のユニットがあると考える。ユニットとは経済主体あるいは市場参加者と考えても良いだろう。

① ヘッジ金融ユニット:
キャシュフローで債務の支払が元本金利分とも可能なユニット。 つまり収入から必要経費を支払った残りで元本分+金利を充分に支払えるユニット。法人で言えば適正な借入金を持ち、利益を出しながら順調に事業を継続している会社、個人で言えば給料に見合ったローンを持っている状態、貯金も少しは積み上げている感じだ。

② 投機的金融ユニット:
ヘッジ金融から一段階すすんで、元本は返せないが、金利だけは支払っていける状態のユニット。 住宅ローンで元本はしばらく結構ですからとりあえず金利分だけ支払って下さい。と言う状態。 街金で言えば毎月毎月ジャンプしている状態。EMHではこの段階でユニットは市場から退場してしまうはず。今はつらいけれど、直(じき)に不動産価格も上昇して何とかなるさ、だから銀行さん貸し剥がしなんかしないで長い目で見てねという状態。

③ ポンツィ・ユニット:
通常の営業キャシュフローでは金利分すら支払えない状態。こうなると資産を売却するか、さらに借り入れを増やして利子の支払いの為に借金をしなければいけない状態。追い貸し。街金でいう多重債務者。「ポンツィ」はマドフ事件で有名になったけれど「ねずみ講」の意味。

ここでの各ユニットは一度どのユニットか決まってしまえば永久にそのユニットのままと言う訳では無く、ヘッジ⇒投機的⇒ポンツィへと移行しやすい性質を持っている。 逆向きは何か強制的な動きが無いと起こりにくい。それは例えば、借金棒引きとかすごいインフレとかが考えられるだろうね。

長い安定期間があると市場参加者はついつい見通しに甘くなって投機的な行動をとりやすい。資産価格が継続的に上昇していれば良いけれど、そうした上昇分は新しい拡張的な借金の担保に供されて借金総額を大きくしてきたはずだ。いうならば人間の持つ果てしない欲望が安定したビジネスから徐々に投機に走らせてやがて破綻するというありきたりの話でもある。日本の土地神話、アメリカのサブプライムも不動産価格の上昇を見込んでいた分だけ同じ仲間じゃないの、では中国だけは別物なのかという話だ。

一見単純そうに見えるミンスキーの仮説で一番大事なのはここからで、ポンツィ・ユニットが我慢の限界にきて資産を投げ売りし始めるとそれまで投機的ユニットであった者も資産価格が急落して一気にポンツィ化する。するとスパイラル的に資産価格が下落してヘッジ・ユニットまでがポンツィ化してしまうということにある。そしてこれはある出来事を起点として、徐々に浸透していって、ある日突然問題が表面化する。この臨界点にあたるある出来事をミンスキー・モーメントと呼ぶ。ピムコのポール・マカリーが1998年のロシア債務危機の際に名付けたのが始まりだ。

因みにリーマン・ショックの時のミンスキー・モーメントはBNPパリバがオフ・バランス・ビーイクルのひとつを凍結した2007年8月9日。当時はそんなこと誰もわからなくて、NYダウはその後何事もなかったように一度は切り返した。でも誰もわからなくては言い過ぎで、この時、巨大株式ファンドに大量のまとまった解約が出たことは市場関係者を震撼させた。今から振り返ればね。今回は中国の話。対岸の火事ならばよいけれど。





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