2015年8月30日日曜日

「日本人のための第1次世界大戦史」第10回は「識字率と軍隊」


週刊エコノミスト連載の「日本人のための第1次世界大戦史」第10回は「識字率と軍隊」

そもそも「識字率」や「非識字率」は今日的な用語です、もともとは「文盲率」という単語があてられていましたが、これが毎日新聞社の基準で差別用語として使えなくなっています。

大砲や鉄砲が導入され、それを牽引する馬やその飼葉、火薬の管理などが必要となると下士官も中間管理職的な職務を担う必要が出てきました。そこで下士官に読み書きを教育したのが革命前のフランス陸軍でしたが、王様から見ればこれが裏目に出たというわけです。

またプロイセンはもともと風土として教育を重んじる気風がありましたが、それがナポレオン戦争による敗北によって、ますます重きをなすようになりました。小さな王国に分裂していたドイツでは細かい方言が多く、知識人は田舎言葉として言語的にフランス語に劣後しているという意識があったそうですが、制度や技術を重んじる民族性がその後の言語教育を充実させる方向に向かわせたのだそうです。

モードリス・エクスタインズの『春の祭典』(みすず書房)には一般の第1次世界大戦関連図書には登場しない文化面での詳細な分析というよりは記述が登場してきます。高価な本ですが音楽・美術好きにはとても面白いと思います。『春の祭典』はストラビンスキー作曲のバレエ音楽で、戦争の直前にこの公演はパリで物議を醸しだします。

日本人の識字率は確かに高かったし、それを見出したヨーロッパ世界は確かに驚きましたが、欧州先進国と較べるとそうでもなかったのが実情です。最近流行の「本当は凄かった江戸の日本」とかで取り上げられる高い識字率の出どころは。速水融さんの『歴史の中の江戸時代』(藤原書店)が多いようです。しかしこれは中身をよく読んでもらえば、識字率に関して推測を述べているだけで、学術的な分析が語られているわけではありません。

僕もこれがすべてだとは思いませんが、参考にした書籍としては、R.P.ドーア『江戸時代の教育』(岩波書店)、カルロ・M・チボラ『読み書きの社会史』(御茶ノ水書房)。論文では和泉司「旧日本軍における兵士の言語問題」慶應義塾大学日本語・日本文化教育センター紀要、斎藤泰雄「識字能力・識字率の歴史的推移‐日本の経験」広島大学教育開発研究センター、『国際教育協力論集』などが参考になりました。もちろん第9回で紹介した参考図書も密接に関係しています。


25日書いてアップするのを忘れていました。




2015年8月29日土曜日

インベスターZ


株式投資に関する人気漫画「インベスターZ」と学ぶ16歳のお金の授業という企画で3時限目を担当しました。題して「板谷敏彦先生に学ぶお金の歴史」

神宮前のダイヤモンド社に出向いてインタヴューを受ける形で1時間半ほどお話をしました。そして原稿が送られてきて、修正してお返しするという作業です。あんまり長くなったので前編と後編にわかれてしまいました。

前編
http://diamond.jp/articles/-/77164

後編


話題の投資マンガ「インベスターZ」とは

中学生が株式投資!? 世界一タメになるお金漫画、誕生!創立130年の超進学校・道塾学園にトップ合格した財前孝史。入学式翌日に明かされる学園の秘密、それは各学年成績1位のみが参加する「投資部」が存在することだった。少年よ、学び儲けよ!そして大金を抱け!! 投資部・財前の「株儲け」がいま、幕を開ける




2015年8月25日火曜日

パラダイム・シフト


日本のバブルがはじけた時には、国土の狭い日本の不動産は下がることが無いという神話が崩壊しました。土地担保で築き上げた信用構造の崩壊でした。レバレッジの効いた投資資金は融解してしまいました。

リーマン・ショックはアメリカの住宅価格は下がらないという神話をもとに土地担保債権によって幾重にも積み上げられた信用構造が一気に崩壊したことで危機を発生させました。

考えを整理するための枠組みとして、こうした相場の変わり目には、必ず何らかのパラダイム・シフトがあるという前提で今回の市場を考えると、これは間違いなく中国経済でしょう。

リーマン・ショック以降、2008年の4兆元の刺激策は世界経済の回復に貢献するとともに、低迷する先進国にかわって中国をはじめとする新興国群がこれからは世界経済をけん引するという実態が確かにありました。金融的には低金利なドルでファィナンスして金利が高く通貨も強い人民元に投資するようなキャリートレードがデフォみたいな状態が続いていました。金利も高く、通貨も強いというのは言い換えると中国経済の成長率は常に先進国を充分に上回り続けるに違いないというパラダイムです。

MSCIの本来の意図ではありませんでしたが、A株のインデックスへの組み入れを延期することで、これは先進国の投資家が思っているような「株」じゃないよと警告を発すると、無理が昂じていた上海株が暴落しました。これがミンスキー・モーメントだというのはその予兆の後に続く信用構造の崩壊を示す事象があるわけで、それは人民元の切り下げでした。人民元投資をサポートする外貨は停滞するでしょう。今回の切下げは投資家にとって中国の経済成長率が恒常的に先進国を凌駕する時代は終わったという証だったのではないかと思います。

従って体勢を立て直す間、中国が対応策をとって、パラダイム・シフトを認めたくはないがゆえに、それらが必ずしもうまくいかずに調整を繰り返す間、市場の揺らぎは長引くとおもいます。

グラフはリーマン・ショックを含めたSPとVIX.中国に助けてもらった相場でした。今回の下げが一過性かどうかはまだ判断は難しいが、大きなリスクが控えている可能性が残ります。




今後の投資対象は米国株と日本株。市場ごとアルファを取る戦術は、しばらくは困難。ゆっくりと個別銘柄の選定に集中するのが良いのではないでしょうか。今週中に底とか考えている人は、一度タイムをかけてキャッチャーと内野手に集まってもらうのが良いでしょう。


2015年8月16日日曜日

「日本人のための第1次世界大戦史」第9回「徴兵制度」


『週刊エコノミスト』連載「日本人のための第1次世界大戦史」
今週は第9回「徴兵制度」です。

江戸時代の終わり、既に武士という地位が必ずしも経済的特権に保護されたお得な地位では無かった時にでも、「武士」という身分にあこがれる人は多かった。新撰組などはその典型だし、長州藩やその他でも武士ではない人間が「兵隊」となって勇んで国事に参加した。
日清戦争においても、正規の軍とは別に徴兵の義務など無いにもかかわらず義勇軍が勇んで大陸に向かったりした。こうした自発的に兵隊になる例は世界中でみられるもので必ずしも日本だけには限られない。

国民国家が形成される過程では、お上からの押し付けやプロパガンダだけではなく、実際に国民自身が勇んで兵役に就き、国事に参加することが名誉だった時代があったのだ。

もちろん現在の日本人にとっての徴兵の記憶は、第2次世界大戦における無益な戦争に対する根こそぎ動員と、腐りきった内務班生活(理不尽ないじめが横行した)に直結し、絶対的に忌避されるべき制度として刻み込まれている。従って昨今の国家安全保障法案の議論に関する「徴兵制」への疑問は日本の過去に照らせば一面ではまっとうなものだ。

今週号では徴兵制の歴史について解説しておいた。近代的徴兵制は革命下のフランスが起源で、その軍隊に負けたプロイセンが人口ではかなわないので予備役兵制度の活用を発明した。もちろんそこには鉄道と電信の発明がからんでいたという話。

また歴史的な常備兵力の規模は全人口の1%程度が限度で、それ以上になると経済的な理由で維持できなくなってしまう。もちろん海洋国家や近代戦ではこの比率が当てはまるというわけではない。19世紀パクス・ブリタニカのイギリスは徴兵制もなく、フランス、ドイツ、ロシア、オーストリア、イタリアが陸軍常備兵力の維持コストに財務負担がかかっている状況で、金のかかる陸軍を軽くできた事が財政的優越を保てた一因でもあった。

また一般に考えられているよりは徴兵されて入営する人の割合は低いものだった。戦前日本でも男子適齢期人口の5%から15%、満州事変以前は男女40人学級でいえば、クラスでせいぜい2,3人というところ。みんなが兵隊になったわけではなかった。

経済的徴兵が話題になっているが、これは実は選択の問題でしかない。①まったく軍を持たないか、②例外なしの平等な徴兵制度にするのか、③金持ちや社会的地位の高い者の子弟は免除される徴兵制にするのか、④志願制にするのか。④は経済状況によってはいつでも「経済的徴兵制」になりうる。経済的徴兵はあらゆる工夫をこらして、志願した者が経済的に損にならないように、国民としての平等性を確保する必要があるが、もしこれを否定するのであれば、全く軍を持たないか、あるいは国民皆兵かというところから議論を始める必要があるだろう。2世議員が多く、政治家が世襲化する日本では、自分が兵役につかねばならない平等な国民皆兵は議題になりにくいだろう。

ベトナム戦争の映画プラトーンでは、本来兵役の義務が無かった大学生(チャーリー・シーン)が2等兵として戦争に参加する。当時のアメリカは徴兵制だったが、金持ちの息子が除外されるような例外規定が多く、配属された部隊はまるでアメリカ社会の底辺をはいつくばる、ならず者のような集団だった。ならず者に刃物と銃を与えて、殺人をおかしても罪にならない状況。現地のベトナム人達がどんな目にあったのかは想像にかたくない。

戦争の当初は反戦運動も起こらなかったが、例外規定が解除され大学生も徴兵されるようになると反戦運動は一気に盛り上がった。自分たちの問題になったからだ。それでアメリカは戦後に志願制となった。そして再び戦傷者の増加に伴って「経済的徴兵」が問題化している。つまり徴兵するのであれば平等にするか、あるいはできるだけ地上戦は避けるか、ということでアメリカによる大規模な陸軍兵力の展開はかなわなくなった。これが日本の防衛のあり方にも影響を与えようとしている。

戦前日本で徴兵率が徴兵適齢期の男子人口の15%程度であったころは、各人の適性を見極め高品質な兵を集め規律ある軍隊を編成できたが、日華事変頃から徴兵率が上昇し、街のチンピラみたいな者も混じるようになった。こうした兵に刃物と銃を与えて兵糧を現地徴発するように命令すれば何が起こるだろうか。

普通選挙権は兵役義務と持ちつ持たれつ。男子の選挙権が先行したのはこのためと考えられている。徴兵はジェンダー問題とも関連している。

徴兵制に関する参考書は、実に多い。近著ではアザー・ガットの『文明と戦争』(中央公論新社)に始まり、一連のウィリアム・マクニール作品、マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』(中公文庫)、ニーアル・ファーガソン『憎悪の世紀』(早川書房)、日本では、吉田裕『日本の軍隊』(岩波新書)、戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社)、専門的な研究としては、加藤陽子『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)。その他「徴兵制」の問題は自伝や遺書なども含めてあらゆる戦争関連本に関係してくる。 









2015年8月15日土曜日

第2次世界大戦の終わった日

これは2013年8月のフジサンケイ・ビジネスアイに掲載された拙コラムです。


第2次世界大戦の終わった日


昭和20年8月15日、昭和天皇はラジオを通じて日本国民に太平洋戦争の敗戦を告げた。「玉音放送」である。

さかのぼる8月9日、日本ではポツダム宣言受諾をめぐり天皇陛下臨席の最高指導会議が持たれ、徹夜越しの10日には宣言受諾の「ご聖断」を仰いだ。直ちに中立国スウェーデンとスイスに向けて電報が打たれたが、これは条件付きの受諾であったので、連合国側による調整を経て日本の正式な宣言受諾の電報は14日となったのである。

しかし10日に発信した電報は、すでに英国BBCや米軍FEN、ロシア語放送によって世界に報道され、例えば上海ではこの日に敗戦を知った人は多く、日本人租界と隣接するユダヤ人地区では占領下に横暴な支配者として振る舞った日本軍人が、早々と道端で若者に囲まれて無抵抗で殴られていたそうである。

一方で14日に日本のポツダム宣言受諾の正式の電報を受け取った米国トルーマン大統領は、日本からのポツダム宣言受諾の全文をラジオ放送によって紹介した上で、「“VJ(Victory over Japan)デー”の布告は、日本が降伏文書に正式に署名するまで待たなければならない」と発言した。これは当然であって、宣言したから戦争が終結するわけではなく、降伏文書調印に向けて日本軍の武装解除と降伏条件履行のための交渉が持たれなければならなかったからだ。

日本は誤認防止のため、連合軍側に支持された通りに、白い機体にミドリ十字マークを塗装した一式陸攻2機を用意した。これでマニラにあるダグラス・マッカサー連合軍総司令部に向けて河辺虎四郎参謀次長(中将)を全権代表として送り込み、交渉の末8月20日に降伏文書を受領した。ところがこの時に連合軍総司令部からソ連は連合軍総司令部の指揮下にはないこと、ポツダム宣言はアメリカ、イギリス、中国によるものであって、日本はソ連とはアメリカなどの連合国とは別個に降伏手続きをする必要があることを通知された。しかし何故か日本はその後もソ連のマリノフスキー将軍に全権代表を送らず、現地での敗走に混乱する関東軍に全てを委ねてしまった。ソ連としては、関東軍はあくまで交戦中の現地軍であって国家の全権代表ではないと認識し(見方によればつけ込んで)戦闘行為を継続したのである。

京都大学の歴史学者山室信一氏は満州国研究の決定版ともいえる著書『キメラ』の中でこう指摘している。「日本政府が交渉を関東軍に委ねて明確な意思表示をしなかったことは、ソ連に絶好の口実を与え、旧満州では8月20日、樺太では8月26日、千島では9月5日まで作戦上の侵攻が続き、死傷者や抑留者の増大を招くことになりました」

9月2日、東京湾上の米国戦艦ミズーリ号で連合軍最高司令官マッカーサー元帥と日本政府全権重光外務大臣による正式な降伏文書調印式が行われ、ここに日本の敗戦とともに第2次世界大戦の終結が確定した。

日本の「終戦記念日」は玉音放送のあった8月15日となっている。ご存知の方も多いと思うが連合軍側では「対日戦勝記念日」を9月2日、あるいはその翌日の3日とする国が多いのである。

これは2013年8月のフジサンケイ・ビジネスアイに掲載された拙コラムです。


2015年8月5日水曜日

『日本人のための第1次世界大戦史』第8回普仏戦争


週刊エコノミスト連載、第8回『日本人のための第1次世界大戦史』は普仏戦争です。

19世紀、フランスの人口増加率は停滞しましたが、ドイツは人口が増加し続け、1870年頃にはちょうどフランスを追い抜く状態にありました。一人当たりGDPがほぼ同額でしたので、GDPでも同様の状況でした。それまでヨーロッパ最強の国だったフランスの覇権が人口でも経済的にもおびやかされていた時でした。



戦争は1870年7月19日のフランス側からの宣戦布告で始まり、翌年1月の休戦協定で終了しましたので戦闘期間は実質半年です。フランスはアルザス=ロレーヌを失い、賠償金50億フランを支払わされ、完済までドイツ軍の占領が続きました。
ナポレオン戦争以降、プロイセンを始めとするドイツ諸邦はフランスに恨みを持っていましたが、この戦争では今度は逆にフランスがドイツに恨みを抱くことになります。賠償金と領土と、そしてドイツ建国式典をあろうことかベルサイユ宮殿の鏡の間で執り行ったことでした。この復讐は第1次世界大戦に持ち越され、ドイツの降伏は鏡の間で行われます。

ドイツ統一が進展する間にイタリアも統一を果たし、これ以降ヨーロッパは、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ロシアの6か国によって均衡が保たれ、大きな戦争は発生せずに、第1次世界大戦につらなっていきます。その代わりに紛争の処理は衰退するオスマン・トルコの領土を割譲してヨーロッパ諸国のバランスをとっていくことになります。

この戦争以前にアメリカで南北戦争が生起して、鉄道利用や電信、装甲艦など様々な戦争の技術革新が発生しましたが、欧州の軍事史家は、ヤンキーの戦争にはあまり価値を見い出さず低く見下していましたので、歴史の流れの中では無視されがちです。かくいう私の連載も量的な問題で南北戦争を記述することは断念しましたが、実はみるべきものが多いのです。また南北戦争の終了で余剰となった大砲・小銃が世界にばらまかれ、当時幕末の日本にも持ち込まれたことは司馬遼太郎の小説にも登場するでしょう。

後に日本の戦争を主導する日本陸軍のエリートは、今でいう一貫教育の幼年学校→士官学校→陸軍大学のコースをとりましたが、幼年学校の語学教育はフランス語とドイツ語の2つだけで、後でロシア語が加えらましたが、驚くことに最後まで英語も中国語もありませんでした。帝国陸軍が中国に無理解で英米を忌避し、ドイツ留学に傾斜するのは当然のことだったのです。

今週号は合併号で来週は休み。さ来週以降は「徴兵制」、「識字率」、「メディア史」と続きます。

普仏戦争の参考書は横浜市立大学新叢書01『普仏戦争 籠城のパリ132日』松井道昭、春風社、2013年がお奨め。


2015年8月1日土曜日

【高論卓説】徴兵制の懸念は現実的か


【高論卓説】徴兵制の懸念は現実的か
フジサンケイ・ビジネスアイ 7月31日号

近代戦に素人無用、架空の話であおるな

 安全保障関連法案に反対する民主党は「徴兵制の復活」をテーマとするパンフレットを作成して有権者にアピールする戦術をとるそうだ。「いつかは徴兵制?募る不安」と題するこのパンフレットは、もともと女性が出征兵士を見送る絵柄だったが、党内の保守系議員からの反発で女性が子供を抱きかかえるイラストに変更されたという。安保関連法案は戦争法案であり徴兵制復活の危険性があると国民の感情に直接訴える戦術だ。

 近代的徴兵制はフランス革命に端を発している。王による専制政治から民主主義に目覚めたフランスに周辺の専制国家が干渉を加えようとした。それに反発してフランス国民が兵を挙げたのである。瞬く間に100万人の軍隊が集められ、ナポレオンが現れて今度は干渉を加えようとした周辺国家に攻め込みヨーロッパを席巻することになった。王のためではなく、フランス人民のために戦う国民国家意識に目覚めた軍隊は強かった。ナポレオンは占領地で課税したり徴発したりで巨大な軍隊の維持費を賄ったのである。

 このナポレオン軍にたたきのめされ、大いに反省し軍制改革に着手したのが隣国のプロイセンである。国民皆兵の徴兵制度を敷き、フランスに比べて少ない人口を補うために予備役の制度を考案し後に強力な軍隊をつくりあげた。経費のかかる現役兵の数を制限するアイデアであった。

歴史的にどれほどの戦闘国家であっても維持可能な現役兵の数は人口の約1%であるといわれている。北との臨戦状態にあり厳格な徴兵制度で知られる韓国でも、陸海空の兵力は65万人で人口の1.26%である。働き盛りの労働人口を兵役にまわすと、当然のことながら経済に影響がでる。人口2500万人の北朝鮮が約200万の現役兵を抱えた状態では最貧国から脱出するすべはないだろう。

 わが国は専守防衛で自衛隊に侵略のための規模も装備もない。財政赤字のかさむわが国が国民皆兵の徴兵制を実施する可能性はない。また言及するまでもないが、専門技術が要求される近代戦に素人は無用だ。素人が戦うのは国土が侵されたときである。

 安全保障関連法案は、日本が再び侵略国家とならないように歯止めをかける現実的な議論こそが必要である。

 大衆を無知なものと決めつけ、「徴兵制」という架空の話をでっちあげ、イメージだけで感情的にあおる手法は、その昔、他国からの侵略という架空の話を利用して国民を戦争へと誘った手法と同じである。政府側が徴兵制の議論をあえて取り上げて発言するのは、このイシューが民主党にとってネガティブな効果を生みだしているからだ。民主党にはもう少し真面目に正面からの知的な議論を期待したい。

作家 板谷敏彦