2015年8月1日土曜日

【高論卓説】徴兵制の懸念は現実的か


【高論卓説】徴兵制の懸念は現実的か
フジサンケイ・ビジネスアイ 7月31日号

近代戦に素人無用、架空の話であおるな

 安全保障関連法案に反対する民主党は「徴兵制の復活」をテーマとするパンフレットを作成して有権者にアピールする戦術をとるそうだ。「いつかは徴兵制?募る不安」と題するこのパンフレットは、もともと女性が出征兵士を見送る絵柄だったが、党内の保守系議員からの反発で女性が子供を抱きかかえるイラストに変更されたという。安保関連法案は戦争法案であり徴兵制復活の危険性があると国民の感情に直接訴える戦術だ。

 近代的徴兵制はフランス革命に端を発している。王による専制政治から民主主義に目覚めたフランスに周辺の専制国家が干渉を加えようとした。それに反発してフランス国民が兵を挙げたのである。瞬く間に100万人の軍隊が集められ、ナポレオンが現れて今度は干渉を加えようとした周辺国家に攻め込みヨーロッパを席巻することになった。王のためではなく、フランス人民のために戦う国民国家意識に目覚めた軍隊は強かった。ナポレオンは占領地で課税したり徴発したりで巨大な軍隊の維持費を賄ったのである。

 このナポレオン軍にたたきのめされ、大いに反省し軍制改革に着手したのが隣国のプロイセンである。国民皆兵の徴兵制度を敷き、フランスに比べて少ない人口を補うために予備役の制度を考案し後に強力な軍隊をつくりあげた。経費のかかる現役兵の数を制限するアイデアであった。

歴史的にどれほどの戦闘国家であっても維持可能な現役兵の数は人口の約1%であるといわれている。北との臨戦状態にあり厳格な徴兵制度で知られる韓国でも、陸海空の兵力は65万人で人口の1.26%である。働き盛りの労働人口を兵役にまわすと、当然のことながら経済に影響がでる。人口2500万人の北朝鮮が約200万の現役兵を抱えた状態では最貧国から脱出するすべはないだろう。

 わが国は専守防衛で自衛隊に侵略のための規模も装備もない。財政赤字のかさむわが国が国民皆兵の徴兵制を実施する可能性はない。また言及するまでもないが、専門技術が要求される近代戦に素人は無用だ。素人が戦うのは国土が侵されたときである。

 安全保障関連法案は、日本が再び侵略国家とならないように歯止めをかける現実的な議論こそが必要である。

 大衆を無知なものと決めつけ、「徴兵制」という架空の話をでっちあげ、イメージだけで感情的にあおる手法は、その昔、他国からの侵略という架空の話を利用して国民を戦争へと誘った手法と同じである。政府側が徴兵制の議論をあえて取り上げて発言するのは、このイシューが民主党にとってネガティブな効果を生みだしているからだ。民主党にはもう少し真面目に正面からの知的な議論を期待したい。

作家 板谷敏彦

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