2015年8月16日日曜日

「日本人のための第1次世界大戦史」第9回「徴兵制度」


『週刊エコノミスト』連載「日本人のための第1次世界大戦史」
今週は第9回「徴兵制度」です。

江戸時代の終わり、既に武士という地位が必ずしも経済的特権に保護されたお得な地位では無かった時にでも、「武士」という身分にあこがれる人は多かった。新撰組などはその典型だし、長州藩やその他でも武士ではない人間が「兵隊」となって勇んで国事に参加した。
日清戦争においても、正規の軍とは別に徴兵の義務など無いにもかかわらず義勇軍が勇んで大陸に向かったりした。こうした自発的に兵隊になる例は世界中でみられるもので必ずしも日本だけには限られない。

国民国家が形成される過程では、お上からの押し付けやプロパガンダだけではなく、実際に国民自身が勇んで兵役に就き、国事に参加することが名誉だった時代があったのだ。

もちろん現在の日本人にとっての徴兵の記憶は、第2次世界大戦における無益な戦争に対する根こそぎ動員と、腐りきった内務班生活(理不尽ないじめが横行した)に直結し、絶対的に忌避されるべき制度として刻み込まれている。従って昨今の国家安全保障法案の議論に関する「徴兵制」への疑問は日本の過去に照らせば一面ではまっとうなものだ。

今週号では徴兵制の歴史について解説しておいた。近代的徴兵制は革命下のフランスが起源で、その軍隊に負けたプロイセンが人口ではかなわないので予備役兵制度の活用を発明した。もちろんそこには鉄道と電信の発明がからんでいたという話。

また歴史的な常備兵力の規模は全人口の1%程度が限度で、それ以上になると経済的な理由で維持できなくなってしまう。もちろん海洋国家や近代戦ではこの比率が当てはまるというわけではない。19世紀パクス・ブリタニカのイギリスは徴兵制もなく、フランス、ドイツ、ロシア、オーストリア、イタリアが陸軍常備兵力の維持コストに財務負担がかかっている状況で、金のかかる陸軍を軽くできた事が財政的優越を保てた一因でもあった。

また一般に考えられているよりは徴兵されて入営する人の割合は低いものだった。戦前日本でも男子適齢期人口の5%から15%、満州事変以前は男女40人学級でいえば、クラスでせいぜい2,3人というところ。みんなが兵隊になったわけではなかった。

経済的徴兵が話題になっているが、これは実は選択の問題でしかない。①まったく軍を持たないか、②例外なしの平等な徴兵制度にするのか、③金持ちや社会的地位の高い者の子弟は免除される徴兵制にするのか、④志願制にするのか。④は経済状況によってはいつでも「経済的徴兵制」になりうる。経済的徴兵はあらゆる工夫をこらして、志願した者が経済的に損にならないように、国民としての平等性を確保する必要があるが、もしこれを否定するのであれば、全く軍を持たないか、あるいは国民皆兵かというところから議論を始める必要があるだろう。2世議員が多く、政治家が世襲化する日本では、自分が兵役につかねばならない平等な国民皆兵は議題になりにくいだろう。

ベトナム戦争の映画プラトーンでは、本来兵役の義務が無かった大学生(チャーリー・シーン)が2等兵として戦争に参加する。当時のアメリカは徴兵制だったが、金持ちの息子が除外されるような例外規定が多く、配属された部隊はまるでアメリカ社会の底辺をはいつくばる、ならず者のような集団だった。ならず者に刃物と銃を与えて、殺人をおかしても罪にならない状況。現地のベトナム人達がどんな目にあったのかは想像にかたくない。

戦争の当初は反戦運動も起こらなかったが、例外規定が解除され大学生も徴兵されるようになると反戦運動は一気に盛り上がった。自分たちの問題になったからだ。それでアメリカは戦後に志願制となった。そして再び戦傷者の増加に伴って「経済的徴兵」が問題化している。つまり徴兵するのであれば平等にするか、あるいはできるだけ地上戦は避けるか、ということでアメリカによる大規模な陸軍兵力の展開はかなわなくなった。これが日本の防衛のあり方にも影響を与えようとしている。

戦前日本で徴兵率が徴兵適齢期の男子人口の15%程度であったころは、各人の適性を見極め高品質な兵を集め規律ある軍隊を編成できたが、日華事変頃から徴兵率が上昇し、街のチンピラみたいな者も混じるようになった。こうした兵に刃物と銃を与えて兵糧を現地徴発するように命令すれば何が起こるだろうか。

普通選挙権は兵役義務と持ちつ持たれつ。男子の選挙権が先行したのはこのためと考えられている。徴兵はジェンダー問題とも関連している。

徴兵制に関する参考書は、実に多い。近著ではアザー・ガットの『文明と戦争』(中央公論新社)に始まり、一連のウィリアム・マクニール作品、マイケル・ハワード『ヨーロッパ史における戦争』(中公文庫)、ニーアル・ファーガソン『憎悪の世紀』(早川書房)、日本では、吉田裕『日本の軍隊』(岩波新書)、戸部良一『逆説の軍隊』(中央公論社)、専門的な研究としては、加藤陽子『徴兵制と近代日本』(吉川弘文館)。その他「徴兵制」の問題は自伝や遺書なども含めてあらゆる戦争関連本に関係してくる。 









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