2015年8月5日水曜日

『日本人のための第1次世界大戦史』第8回普仏戦争


週刊エコノミスト連載、第8回『日本人のための第1次世界大戦史』は普仏戦争です。

19世紀、フランスの人口増加率は停滞しましたが、ドイツは人口が増加し続け、1870年頃にはちょうどフランスを追い抜く状態にありました。一人当たりGDPがほぼ同額でしたので、GDPでも同様の状況でした。それまでヨーロッパ最強の国だったフランスの覇権が人口でも経済的にもおびやかされていた時でした。



戦争は1870年7月19日のフランス側からの宣戦布告で始まり、翌年1月の休戦協定で終了しましたので戦闘期間は実質半年です。フランスはアルザス=ロレーヌを失い、賠償金50億フランを支払わされ、完済までドイツ軍の占領が続きました。
ナポレオン戦争以降、プロイセンを始めとするドイツ諸邦はフランスに恨みを持っていましたが、この戦争では今度は逆にフランスがドイツに恨みを抱くことになります。賠償金と領土と、そしてドイツ建国式典をあろうことかベルサイユ宮殿の鏡の間で執り行ったことでした。この復讐は第1次世界大戦に持ち越され、ドイツの降伏は鏡の間で行われます。

ドイツ統一が進展する間にイタリアも統一を果たし、これ以降ヨーロッパは、イギリス、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア、ロシアの6か国によって均衡が保たれ、大きな戦争は発生せずに、第1次世界大戦につらなっていきます。その代わりに紛争の処理は衰退するオスマン・トルコの領土を割譲してヨーロッパ諸国のバランスをとっていくことになります。

この戦争以前にアメリカで南北戦争が生起して、鉄道利用や電信、装甲艦など様々な戦争の技術革新が発生しましたが、欧州の軍事史家は、ヤンキーの戦争にはあまり価値を見い出さず低く見下していましたので、歴史の流れの中では無視されがちです。かくいう私の連載も量的な問題で南北戦争を記述することは断念しましたが、実はみるべきものが多いのです。また南北戦争の終了で余剰となった大砲・小銃が世界にばらまかれ、当時幕末の日本にも持ち込まれたことは司馬遼太郎の小説にも登場するでしょう。

後に日本の戦争を主導する日本陸軍のエリートは、今でいう一貫教育の幼年学校→士官学校→陸軍大学のコースをとりましたが、幼年学校の語学教育はフランス語とドイツ語の2つだけで、後でロシア語が加えらましたが、驚くことに最後まで英語も中国語もありませんでした。帝国陸軍が中国に無理解で英米を忌避し、ドイツ留学に傾斜するのは当然のことだったのです。

今週号は合併号で来週は休み。さ来週以降は「徴兵制」、「識字率」、「メディア史」と続きます。

普仏戦争の参考書は横浜市立大学新叢書01『普仏戦争 籠城のパリ132日』松井道昭、春風社、2013年がお奨め。


0 件のコメント: