2015年10月6日火曜日

第16回「マハンの海上権力史論」『日本人のための第1次世界大戦史』


週刊エコノミスト連載『日本人のための第1次世界大戦史』
第16回「マハンの海上権力史論」

今回は前半がヴィルヘルム2世即位後のドイツ帝国。それまでのビスマルクによる国家運営との違いを説明しました。この文章は雑誌掲載の本文の補足として書いています。

1871年の普仏戦争後から1888年のヴィルヘルム2世即位までの間の最大の出来事はドイツが経済規模や人口でフランスを追い抜いたことです。ちょうど現在の中国と日本のような立ち位置です。工業製品でもメイド・イン・ジャーマニーが幅を利かせるようになってきました。そして若い皇帝はビスマルクが苦心して作り上げたロシアとの同盟延長を拒否してしまいます。この結果ロシアはフランスに接近し、遅れていたインフラ投資をフランス資本に頼ることになります。シベリア鉄道などがそうです。そしてドイツは東西両面に仮想敵国を持つことになりました。

原稿段階ではドイツ国会の政党別勢力図のグラフをつけておいたのですがスペースの関係で本文に入りきりませんでした。この時代のドイツでは社会党勢力が力を伸ばしていました。

こうしたタイミングで登場したのがアメリカ海軍大学校のマハンの書いた『海上権力史論』でした。この本は『坂の上の雲』でも秋山真之がマハンを私淑したことで日本でも有名になったと思います。日本では金子賢太郎が翻訳して水交社から出版されました。当時の書評がたくさん残っています。当時の知的階層はこれを読んで列強諸国に負けずに日本も建艦予算を確保せねばと考えたことでしょう。
1892年に初の近代的戦艦であるロイヤル・ソヴリン級が就役して、1906年に革新的戦艦ドレッドノートが誕生するまでの14年間ほど、各国海軍は膨大な予算をつぎ込んでせっせと戦艦艦隊を建設しました。そうした中でイギリスの海上覇権は相対的に弱まっていきます。

またユーラシア大陸各地域での鉄道網の充実は、陸上兵力に対する海上兵力の優位を根底から覆していくことになります。鉄道の輸送力が海上を上回るようになった地域が出てきたのです。次回はその話。マッキンダーが1904年に行った講演『地理学からみた歴史の回転軸』を中心にパクスブリタニカの終焉を見ていきたいと思います。

参考書はポール・ケネディのベストセラー『大国の興亡 上下』が今読み直しても大変面白いし当時の経済、工業生産データが実に豊富。また物語としてはジャン・モリスの『パクス・ブリタニカ 上下』、『帝国の落日 上下』はおすすめ。そしてもちろんマハンの『海上権力史論』

学研の出している『歴史群像 10月号』では大木穀氏の「シュリーフェン計画という神話」という優れた論考が掲載されています。私は既に「シユリ―フェン・プラン」については原稿を書き終えていましたが、第1次世界大戦を日本人に伝える上で、一体どのあたりまで掘り下げるべきか、少し考えさせられました。でも、結局原稿の手直しはしませんでした。


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