2015年10月22日木曜日

第18回「日露戦争と鉄道」


週刊エコノミスト連載中「日本人のための第1次世界大戦史」
第18回「日露戦争と鉄道」

-これは連載本文の解説です。-

日露戦争を『坂の上の雲』だけで納得してしまうと、この戦争を日本国内に限定された事象であったと捉えがちです。
しかし、この戦争は、小説ではあまり取り上げられていませんが、戦場となった中国や韓国への影響、私が『日露戦争、資金調達の戦い』で書いた国際金融市場の状況、その他列強諸国の地政学上の軍事バランスなど、国際社会に非常に大きな影響を及ぼしています。

特に日露戦争の10年後に始まる第1次世界大戦に対して、その前哨戦的な要素も多くみられることから最近では「第0次世界大戦」と呼ばれています。今回は鉄道の兵站によって砲撃が主体となった陸上戦についてと軌道の問題を扱いました。

帝国陸海軍では伝統的に兵科主体。軍医、主計科など兵站、技術将校などは軽く見られていました。もちろんこれは日本に限ったことではなく、世界中の軍がそうでしたが、この問題に気付くのが早かったのか、遅かったのかの問題はありました。イギリス海軍でも機関科と兵科の差別は1902年まで続きました。がそこで終わりました。帝国陸海軍の兵站軽視は後に致命傷になっていきます。

これは90年代ぐらいまでの日本の証券会社の組織と似ているところがあって(多分他の業種も同じだとは思いますが)、参謀本部の経営企画が一番偉くて、その母体が手数料を稼ぐ営業部門でした。IT部門やバック・オフィスはいつまでたってもサポート部隊として軽く見られていました。委託手数料が自由化されていく中、結局はそうした部門が単なる業務の効率化だけではなく、利益捻出のドライバーになることになかなか気が付かなかったのです。

話がそれましたが、鉄道などのインフラが重要度を増し、砲弾量が戦闘を決定づける重要な要因になると、戦争は経済力の戦いに変貌していきます。日露戦争は両国とも戦費調達で行き詰まったことは、後の戦争の総力戦化の予兆だったのです。


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