2015年11月5日木曜日

第20回「戦艦ドレッドノート」『日本人のための第1次世界大戦史』


『日本人のための第1次世界大戦史』

今週は第20回「戦艦ドレッドノート」です。

イギリス海軍は1893年の「ロイヤル・ソブリン級」から日露戦争の始まる前年の1903年までの間に、ちょうど日本の三笠のクラスの戦艦を37隻も建造しています。三笠は1隻1200万円。1903年の日本の国家予算が2億8千万円でした。しかしドイツ、アメリカ、日本、フランス、ロシア、イタリア、オーストリアなども同等の新造戦艦を数多く建造したので、イギリス海軍がそれまで保持した圧倒的な海上覇権は揺らぎを見せ始めていました。

かつてイギリス海軍の拡充に力発揮したフィッシャー大佐もこの頃には大将に昇進し、イギリスの艦隊建設に尽力していました。日露戦争が始まった頃、ここは戦艦の数よりもイギリスの科学技術を発揮した卓越した戦艦を建造しようと、彼が計画した戦艦が[
「ドレッドノート」でした。

フォークギターの名門ブランド、マーチン社では箱の大きなギターをドレッドノートと呼びます。また映画の世界では超ド級映画という呼び方がありましたが、これも戦艦ドレッドノートが起源です。この戦艦の登場は各国の海軍のみならず、一般大衆に対しても大きなインパクトを与えた痕跡が残されています。実はこの戦艦は日露戦争の海戦の結果を参考にして誕生したものだったです。主砲配置、蒸気レシプロからタービン・エンジンへ、さらにボイラーは石油石炭混焼でした。

このドレッドノートは戦艦の新基準となり、三笠など従来型の戦艦(前弩級)を陳腐化してしまいましたが、この艦自体も直ぐに超弩級が現れて陳腐化することになります。19世紀後半に発達した冶金や造船技術が大きく花開いたのが1907年から12年頃までの欧州の兵器会社だったのです。

しかし莫大な建造予算の確保には国民の仮想敵国に対する憎悪をかきたてる必要がありました。危機を煽らなければならなかったのです。

次回21回はこのドレッドノートが各国におよぼした影響と戦艦の建造費の推移について分析しています

三笠の主砲配置

ドレッドノートの主砲配置

1907年起工の超弩級戦艦オライオンの主砲配置

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