2017年9月21日木曜日

【高論卓説】「トゥキュディデスの罠」、「キンドルバーガーの罠」


【高論卓説】「トゥキュディデスの罠」2017.9.21

 紀元前5世紀、古代ギリシャの歴史家トゥキュディデスは『戦史(ペロポネソス戦争の歴史)』を著した。ペロポネソス戦争とは当時の覇権国スパルタに対して勃興するアテネが挑戦した戦争である。これについて、米ハーバード大学のグレアム・アリソン教授(政治学)は「台頭する国家は自国の権利を強く意識し、より大きな影響力(利益)と敬意(名誉)を求めるようになる。チャレンジャーに直面した既存の大国は状況を恐れ、不安になり、守りを固める」とし、覇権国に対する勃興国の挑戦を「トゥキュディデスの罠」と呼び仮説を立てた。彼の近著によると過去500年間のうちでこうしたケースは16回あり、そのうち12回で大きな戦争になっているという。

 その中で現代に近い事例では、ちょうど100年前に起きた第一次世界大戦がこれにあたる。当時はパクス・ブリタニカ(イギリスによる平和)と呼ばれた大英帝国の覇権に対して、急成長してきたドイツが挑戦し、国際社会に対して影響力と敬意を求めた。イギリスはこれを恐れ、戦争になったという見立てである。

 この「トゥキュディデスの罠」が最近注目を浴びている。アメリカが覇権を握り、曲がりなりにもパクス・アメリカーナとして世界平和を実現しているところに、勃興国である中国がより大きな影響力(利益)と敬意(名誉)を求め始めたからである。習近平国家主席は「中国の夢」として「中華民族の偉大なる復興」を掲げて、これは中国共産党の統治理念ともなっているから、正面から堂々と「トゥキュディデスの罠」を設定し、チャレンジを宣言しているようなものだ。

 しかし、過去の歴史もそうであったように現実は分かりやすいモデルに集約できるほど単純ではない。ここで北朝鮮というワイルドカードが登場してきた。もし中国がパクス・シニカ(中国による平和)の覇権国(地域覇権としてもだ)として、影響力と敬意を求めるのであれば、地域の平和を保障しなければならない。
その際には、今まで衛星国のように扱ってきた北朝鮮が今では核保有国である。今の状況が続けば、アメリカから見た以上に中国にとって目障りな国になるはずだ。

 第一次世界大戦後、新興国アメリカが台頭したために、イギリスもドイツもどちらも覇権を持てなかった。ところが、アメリカは当時覇権国の立場にありながら国際連盟に参加せず、世界平和を保つための公共財(平和)の提供をしなかった。これが第二次世界大戦を引き起こす原因となったという仮説も最近話題になっている。これを国際政治学者のジョセフ・ナイが有名な経済学者の名前をとって「キンドルバーガーの罠」と呼んだ。

 もしも中国が十分に強力であれば、アメリカに覇権喪失の恐怖を呼び「トゥキュディデスの罠」に陥るが、もし中国が弱いまま覇権の責務を顧みず中途半端に夢を追えば「キンドルバーガーの罠」を呼び起こす。

 中国は果たして北朝鮮をコントロールできるのか。北朝鮮は38度線の緩衝国としての存在意義から、今では目の上のたんこぶへと代わりつつある。これこそが、今現在の中国の「偉大なる復興」への一番大きな課題である。

作家 板谷敏彦

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