2018年10月11日木曜日

【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない


【高論卓説】AIを極端に恐れる必要ない ヒトに及ばず、何ができるか見極め大事 2018.10.11 フジサンケイ・ビジネスアイ 


自動車王ヘンリーフォードが、ライン生産方式を導入して、当時既に大人気だったT型フォードを大量生産したのは第一次世界大戦の直前だった。これによってライン導入前には12.5時間かかっていた1台当たりの製造時間は2.6時間まで短縮されて、フォードは自動車の販売価格を劇的に下げることができた。省力化はできたのだが、安価になった車は倍々ゲームで売れるから人手はいくらあっても足りない。

 フォードは2ドルだった自動車工の日給を一気に5ドルにまで上げて労働力を集めた。日給5ドルというのは従業員でもT型フォードが買えるようにとフォードが考えた水準だった。フォードの従業員が車を買えないようでは大衆に売れるわけがないからだ。かくして自動車は大衆化しアメリカでは世界に先駆けてモータリゼーションが始まった。自動車工の賃金は皮肉にも合理化によって上がったのだ。

 フォード没後のフォード社の経営を担った孫のヘンリーフォードII世もオートメーションに積極的な経営者だった。ある日、これも戦後のアメリカの労働組合(UAW)を担ったウォルター・ルーサーを連れてフォードの最新工場を案内しているときに、フォードII世はルーサーをからかった。新工場では相当な合理化が見込めそうだったからだ。

 「ルーサー、君はどうやってこうした機械から組合費を徴収するつもりかね?(組合ももう終わりだな)」

 すると、T型フォードの逸話を知っていたルーサーはこう切り返した。

 「ヘンリー、君はどうやってこの機械たちにフォードを買わせるつもりかね?」

 AI(人工知能)はやがて人類の能力を凌駕(りょうが)して自律的に進化を始めるという「シンギュラリティ」が話題になっている。チェスや将棋、囲碁の世界でもAIが人間に勝つようになった。駅で切符をチェックしてはさみを入れていた駅員は既に自動改札機に取って代わった。今後はそうしたルーチン的な職業に限らず、意思決定が伴うような仕事でも、医者、弁護士、会計士などの仕事の一部でさえもAIは人の仕事を奪っていくだろう。これからはよほど準備しておかないと万人に仕事が行き渡らない世の中がやってくるというものだ。
しかし、AIが登場する、はるか以前からメカニカルな機械による合理化は進んでおり、単純労働者は次第に駆逐された。先進国では産業従事者の構成比は歴史的に農業から工業、サービス業主体へと変遷してきたわけで、なくなる仕事もあれば新しく創出される仕事もある。昭和30年代のサラリーマンにシステムエンジニアやネイルサロンという仕事は想像ができなかっただろう。

 物理生物学者の松田雄馬氏によると、現状ではAIが人間の持つ生物としての知能並みの知性を得る可能性も、その糸口さえも見つかっていないのだそうだ。従ってAIの漠然としたイメージにおびえるよりも、AIによって具体的に何ができて何ができないのか、現実の自分たちの仕事を見つめ直すことが大切なのではないだろうか。



2018年9月4日火曜日

『金融の世界史』中国語版発売


拙著『金融の世界史』(新潮選書)の中国語版がいよいよ発売されることになりました。中国語圏の皆様に読んでいただけることは本当にうれしく思います。





2018年8月10日金曜日

【高論卓説】東京医大の「女子受験者差別」


【高論卓説】東京医大の「女子受験者差別」

 文部科学省の官僚による東京医科大学の裏口入学事件は、今月に入り入学試験で女子受験者を一律減点していたことが報道されると、一段と大きく扱われることになった。本来公平であるべき入試で、今や先進国では珍しい性差別が堂々とまかり通っていたからである。(作家・板谷敏彦)

 一方、大学関係者からは女性医師を増やしたくない意向が示された。肉体的負荷の重い診療科を避けたり、出産育児で離職したり、短時間勤務を希望したりするケースがあるからだ。同時に勤務医の苛酷な労働実態も明らかにされた。

 しかし、医師に占める女性比率の国際比較をみると、先進国の中で飛び抜けて低いわが国の現状はわれわれが世界の中で異質であることを示している。これは医者に限らず裁判官、高級官僚、会社経営者らの分野でも同様である。世界経済フォーラムが発表している各国における男女の社会進出の格差を測る2017年度のジェンダー・ギャップ指数で、わが国は144カ国中111位と最低レベルである。

 海外主要メディアではこうした観点から、不正入試の是非よりも、この事件はジェンダー(性別による格差)問題として大きく報道され、日本独自の雇用慣行が、家事や育児を期待される女性が仕事と両立できない状況を生んでいると指摘している。
在日フランス大使館はツイッターで、フランスの大学医学部に占める女子学生の割合が16年に64.1%に達したことを紹介して、日本の若者に「皆さん、ぜひフランスに留学に来てください」と呼び掛けた。ちなみに日本の女子学生の割合は3分の1である。

 また、不正入試問題と前後して、ニュージーランドのアーダーン首相(38)が6週間の産休から職場に復帰したニュースが流れていたのは、まさに日本の女性の社会進出の遅れを象徴的に示していた。

 人口停滞を経験した欧州先進国では、労働力不足による経済成長力の減退を女性の社会進出で補ってきた経緯がある。

 古くさい言い方をあえてするならば、他国が男女総動員で戦っているときに、わが国が知的職業の一角を男性に限定していては成長が停滞し、国際競争に勝てないのも道理である。

 各国とも以前は女性の社会進出に日本と大差なく、女性比率が増えてきたのは、この半世紀のことである。半世紀のうち、われわれが「失われた30年」と呼ぶ期間があったことも重要な要因でもある。

 ジェンダーや人種、言語、文化を乗り越えた多様性こそが成長の源であると認識される現代社会において、労働力不足を外国人労働力に頼る前に、日本人女性の社会進出に関する国際格差の問題は、一番足元に近い必須の解決事項であろう。
林芳正文科相は東京医大の不正入試報告を受けて早速、全国の国公私立大学医学部に対して不正の有無の調査を命じたが、安倍晋三政権はこうしたジェンダー問題に対して「全ての女性が輝く社会づくり本部」を設置して、手始めに国家公務員の女性の活躍とワークライフバランスの推進に取り組んでいるところである。

 今回の問題を、単なる大学入試問題に矮小(わいしょう)化せず、わが国のジェンダー問題、またそれの根本にある雇用慣行や経済成長を阻害する悪しき慣習などを整理する機会になればと願う次第である。


2018年6月28日木曜日

【高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待


高論卓説】サッカー日本代表と今の若者たちにみる 経済牽引への新たな息吹の期待

サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会が開催されている。6月7日付の世界ランキングで日本は61位だが、初戦で16位のコロンビアを倒す大金星を挙げた。この45位差の下克上は今大会最大である。月曜日未明の日本の2試合目では、フィジカルの面で圧倒的優位に見える27位のセネガルを相手に引き分けに持ち込んだ。これも偉業である。(作家・板谷敏彦)

 私世代の古い記憶では、確か日本は世界ランク20位ほどにいたと思っていたのだが、いつのまにか順位を落として61位になっていたという感覚が強い。わが国が世界で61番目とは、もろもろの理屈抜きで寂しい順位なのだ。今でこそ日本はW杯で話題沸騰だが、大会前は期待も低く盛り上がりを欠いていた。

 スポーツなどできなくても頭が良くて、もうかっていればいいさ、と経済にまつわる世界順位を改めて眺めてみると、サッカーにおける順位と似たようなことが起きている。昔、ジャパン・アズ・ナンバーワンと経済面ですごかった日本が、それほどでもなくなっていることに気づかされる。

 その国の経済の規模を計るGDP(国内総生産)こそ中国に抜かれながらも、いまだ世界3位の地位を保っているが、これは中国もそうだが単純に人口が多いからであって、GDPを人口で割った1人当たりになると、日本は世界ランク30位にまで落ちる(IMF購買力平価GDP、2017年)。東アジアではマカオ、シンガポール、ブルネイ、香港、台湾に次いで6位である。

 また、主要国で構成されるG7諸国においても1990年代には1位だったが、今では6番目で下はイタリアだけとなっている。残念ながら、わが国は思っていたよりも経済的にずいぶんと凋落(ちょうらく)している。この傾向は2012年のアベノミクス以降も同じで、国内の景気が良くなったと思っていたら、世界はもっと景気が良かったのだ。
先日、日本経済を代表する経団連正副会長19人の同質性が話題になった。メンバーに女性はゼロ、全員日本人、一番若い人が62歳の高齢集団、全員転職経験なしのサラリーマン。これで今や多様性がイノベーションを牽引(けんいん)する世界経済と対等に戦えるのかどうか。

 『新・生産性立国論』(東洋経済新報社)を書いたデービット・アトキンソン氏はデータを示して、女性の経済参加度と、その国の生産性は相関性が高いと主張する。世界経済フォーラムの16年度のデータでは、日本の女性の経済参加度は144カ国中118位で、どうやらここらに問題があるのだろう。

 また『さらば、GG資本主義』(光文社新書)を書いた藤野英人氏によると、「働くのが当たり前」と思っている日本の若者は39%しかおらず、「できれば働きたくない」と考えている若者が3割もいるそうだ。

 さらに勤務先の会社への信頼度を聞いた調査では、世界先進28カ国の平均72%に対して、日本は最下位の57%だったそうである。もはや真面目で会社への忠誠心が高い日本の若者像を期待するのは間違っているのかもしれない。

 とは言いつつサッカー日本代表の若者たちは強敵を相手に健闘している。また前出の藤野氏は最近の若者たちの中に新たな成長の息吹を感じるという。であるならば、せ
めて「GG」はこれを応援こそすれ、あれこれ口出しは無用なのかもしれませんぞ。

板谷敏彦

2018年5月18日金曜日

【高論卓説】ギブソン社破産


【高論卓説】エレキギター老舗のギブソン破産

高級エレキギターの老舗、米国のギブソンが今月1日に米連邦破産法11条(日本の民事再生法に相当)の適用を米裁判所に申し立てた。業績低迷の原因はロック音楽が低迷してエレキギター市場の縮小傾向が続いていたためで、局面打開のために、オーディオなどの本業以外の分野に事業展開したのが裏目に出た格好だ。そういえば楽器を弾かないボーカルダンスグループの流行は世界的な傾向だ。それにわざわざ楽器を演奏しなくても今ではスマートフォンレベルで豊富な音楽コンテンツは容易に利用が可能だし、シンセサイザーによる楽曲の制作も簡単になった。

もはや半世紀近く古い話だが、1960年代後半は歌謡曲やグループサウンズが全盛だった。年末には紅白歌合戦と並んでレコード大賞の番組が大人気で、今ではすっかり見かけなくなったが、小さな商店街にも、たいてい1つはレコード屋さんがあったものだ。会社帰りを相手にしていたからか閉店時間が遅くて、暗くなった商店街にレコード屋はいつも最後まで明々と電気がともされていた。

レコード売り場には、天井から値札が付いたギターやウクレレがぶら下がっていたが、楽器専門店ではないので1万円を超える商品は珍しくて、たいてい数千円からギターが買えた。こうしたギターにはスチールの弦が張ってあり、クラシックギターなのかどうかギターの種類さえも明確ではなかったが、どれも日本製だった。多分こうした楽器を作れる技術がある国の中では、日本は最も賃金が安かったのだろう。

中学生になった頃、ロックやフォークがはやり始めた。当時はクラスの男子のほとんど全員がギターを弾いているのではないかと思えるくらいにギターがはやった。プロのギタリストは皆ギブソンやフェンダー、マーチンという米国のブランドのギターを使っていて、こうしたブランドを使っているかどうかでプロかアマチュアなのかを区別していたように思う。

ではアマチュアはどんなギターを使っていたのかというと、ギブソンに似たグレコ、フェンダーにはフェルナンデス、マーチンにはモーリスなどの国産のコピーモデルで、遠目からは本物そっくりに見えるロゴがギターのヘッドに堂々と書かれていた。

ざっくりと当時の価格差は30万円対5万円。国産もレコード屋のギターからは随分進化して高品質になっていたが、ギブソンなどは中高生に手が出るような楽器ではなく“神”のようにあがめたものだ。

今でも「ギブソン」のブランドは盤石だから、事業をギターに絞りさえすれば会社再生は難しくはないだろう。しかしその一方で、昔コピーモデルを作っていた国産メーカーのギター製造技術は今や本家を追い付き追い越してしまって、今どきのギター少年たちは、昔僕らがギブソンをあがめたほどには、こうしたブランドに執着はないようだ。材料をえりすぐったモデルの中にはギブソンよりも高価な国産ギターはいくらでもある。この分野の日本の技術も文化も成熟しているのだ。

年を取って疎遠になっていたギターの世界、くしくもギブソンの破産が古い思い出を呼び起こしてくれた。そしてギブソンの業績低迷の理由の一つに、成熟した社会の多様化したユーザーのニーズとライバルたちの出現による競争の激化も加えるべきだろうと思ったのだ。

板谷敏彦

                 

2018年4月4日水曜日

【高論卓説】民主主義は衆愚政治ではない


【高論卓説】民主主義は衆愚政治ではない 混沌時、政権与党の職責全うを 2018.4.3

「いかなる英雄も最後にはうんざりさせられる」(ラルフ・ワルド・エマーソン)

 ウラジミール・プーチン氏は2000年のロシア第2代大統領就任から2期8年間大統領の地位にあった。ロシア大統領は3選連続が禁止されている。08年に腹心のメドヴェージェフ氏を大統領に据えると自身は首相となり、次の大統領からの任期をプーチン氏自身のために6年間に延長した。12年に再び大統領に当選すると、今度はメドヴェージェフ氏を首相に据え、2期12年、プーチン氏が72歳になる24年までの大統領の地位を確保した。

 00年の大統領就任直後は原油価格の高騰もあって崩壊寸前だったロシア経済は見事に回復を遂げた、プーチン氏は年金や公務員の給料を大幅にアップし国民の人気を不動のものとしたのだった。しかし長期政権下で国営セクターが肥大化し経済構造は硬直化、そのため12年以降ロシア経済は低成長に陥る。

 かくして以前のように国民にお金を配布できなくなった以上、国民感情を鼓舞する「大国主義」をとるようになった。14年のクリミア併合、シリア空爆など中東問題への強引な関与などである。ナショナリズムを喚起して国内問題を外交問題でごまかすやりかたは、19世紀に多くの国民国家が誕生して以来の古くさいがとても効果的なものだ。

 直近のイギリスにおけるロシアの元情報部員、セルゲイ・スクリパリ氏神経剤攻撃問題もプーチン政権は否定こそするが、隠そうともしない。政権に逆らう者への見せしめであり、いいがかりをつけてくるイギリスへのプーチン氏の堂々たる挑戦は国民に向けた強いリーダーの証でもあるのだ。

 国是として「偉大なる民族の復興」を標榜(ひょうぼう)する中国の国家主席の任期はこれまで最長で2期10年だった。文化大革命の混乱と痛みの反省から、1982年に憲法を改正して安定した権力交代の循環を作るはずの仕組みだった。しかし3月の全国人民代表大会でこの制限は撤廃され、習近平政権の半永久化が可能になった。

 さらに今回の憲法改正では、「科学的発展観」とともに、「習近平の新時代の中国の特色ある社会主義思想」が前文に書き加えられ、国家の指導思想に格上げされた。最高指導者が自身の名を冠する思想体系を加えるのは、毛沢東氏以来となる。習氏は共産党総書記と人民解放軍最高司令官も兼任しているので、遠慮がちに見ても中国には終身化された独裁者が誕生したと言えるだろう。

 独裁は支配者の側から見れば国家や民族の非常時における必要な緊急対策であり、これによって国民の財産、安全、名誉を守れるのだと説明する。しかしながら個々人の自由を希求する側の国民からみれば、寛容さや多様性、法の支配などを軽視したシステムでしかない。独裁者はいうだろう、民主主義は衆愚政治であり、わが民族には今こそ強い指導者が必要であると。

 周辺国が独裁化を強め、大国主義を標榜する安全保障上の危機の中、わが国の政局は混沌(こんとん)としている。安倍晋三政権のこれまでの実績は誰しも認めることであるが、だからといっていつまでも彼しかいないという考え方に固執することには賛同しかねる。野党には政権能力はない。与党はこうした局面でこそ政権与党としての職責を果たさねばなるまい。われわれの民主主義は決して衆愚政治ではないと証明するためにも。

作家 板谷敏彦

2018年2月14日水曜日

【高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、


高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、

中長期の見方が肝要 世界的に株式市場が荒れている。2008年のリーマン・ショック以降、各国中央銀行は金融緩和を継続し、景気を上手にコントロールしてきた。「適温相場」と言われるゆえんである。ところが、こうした特殊な状況はいつまでも続けるわけにはいかない。どこかで緩和をゆっくりと停止しようとしていたところに、米国の長期金利が上昇を始め雇用統計の一部に景気過熱の兆候が見られた。  市場は、中央銀行は想定されていた以上に金融を引き締めるのではないかと考えた。これが今の株価下落の原因であろう。しかし、米長期金利もここから一気に上昇する気配もなく、株式市場は値幅調整からしばらくは日柄調整に入るだろうが、ここからの急落はもうないという見方が広がりつつある。  

米国市場の下落はNYダウでピークである1月26日の2万6616.71ドルから10日ほどかけて2月8日までに10%ほど下げた。この下げ幅はブラックマンデーのたった1日での22%下落の半分もないが、日中の上下の変動幅が異常に大きいので市場参加者は困惑している。  その原因として「リスク・パリティ」や「ターゲット・ボラティリティー」という新しい運用手法が高速自動売買システムと組み合わさって相場を攪乱(かくらん)させていると市場関係者は指摘する。これが何であるのか、興味深いので解説を試みてみよう。  

恐怖指数と呼ばれる「VIX指数」が最近よく話題になる。暴落時にはこれが相場と逆に暴騰するので恐怖指数なのである。この指数は米国で取引されたSP500指数の各種オプション価格の加重平均から逆算(インプライド・ボラティリティ)された市場の今後のボラティリティー(価格変動)の推定値でシカゴ・オプション取引所が公開している。投資家はこの指数をベースに先物を売買している。  

どういうことかというと、オプション(の買い)は損失を限定する契約の取引である。言ってみれば保険のようなものだ。保険であれば期間が長いと保険価格は高くなるし、リスクが高いとこれも当然価格が高くなる。従って市場で取引されたオプションの期間や価格、つまり保険料が分かると、今度は逆にオプション投資家がリスクをどれくらい推定しているのか計算することができるのだ。ここでいうリスクとは上記のボラティリティーのことで、これは例えば1カ月後の株価が現在価格の上下10%の中に収まっている確率は何%というような数値なのである。  

VIX指数は500銘柄の合成なので標準的な株式ファンドがさらされている価格変動リスクを示している。もう少し具体的に言えば100億の株式ファンドがあるとして、半年後に10億円を失うリスクを確率として計算できるのだ。VIX指数が上昇すると統計上の予想損失額が上昇するので、防御のために一定量の株式を売るのが前記のリスク・パリティやターゲット・ボラティリティーという新しい運用手法のやり方である。これに高速自動売買システムが加わって、他の投資家よりも少しでも早く執行しようとする。遅れるとせっかく計算していたリスクが変動するからだ。似たような投資手法が多くなった中で、市場の厚みはそれほどない。売りがVIX指数を上昇させ、VIX指数の上昇がまた売りを呼ぶ。これが急激な相場の上下動を生んでいる原因だとされている。  

投資家は、ここからは急な上下動にあまり翻弄されることなく、少し長めのチャートを見直してみるなどして、自分なりの中長期の相場観を見定めることが肝要である。

読者からの指摘があってVIX指数の定義を、SP500銘柄の個別オプションの算出から、SP500指数各種オプションのボラティリティの加重平均に訂正しました。
私はどこかからずっと勘違いしていたようです。




2018年2月1日木曜日

『昭和史の決定的瞬間』ちくま新書


備忘録として書いておく。

『昭和史の決定的瞬間』坂野潤治、ちくま新書、2004年、手にしたのは2013年の四刷り。

難易度は高いが面白い本だった。
普通の現代の知識人は、戦前日本は1936年の二・二六事件以降、テロを恐れて軍部に抵抗できる政治家がいなくなり、つまり言論も統制されて、翌年7月7日の盧溝橋事件に始まる日中戦争になだれ込み、その必然として第二次世界大戦へと至ったと考えがちだ。しかし、この理解の枠組の中では、戦前日本に存在したファッショに対抗する民主主義があたかも存在していないようではないか。という疑問から考察が始まる。

日本の民主主義は果たして敗戦とともに忽然と占領軍から与えられたものだろうか?

1936年の二・二六事件の6日前の2月20日には総選挙が挙行され、社会主義政党である社会大衆党が票を伸ばしていた事実を元に、当時の中央公論など雑誌に寄稿された記事、国会での発言等をたどりながら、当時もかなりのレベルで言論の自由が確保されていたことが検証される。これは二・二六事件以降も継続し、日本が言論の自由を喪失するのは盧溝橋事件の後であったことが明らかになる。超国家主義や、盲目的で愛国的な献身は決して日本の伝統ではなかったのだ。

言論の自由が奪われ、政党政治が抑圧されて日中戦争へと至ったのではなく、
日中戦争の勃発こそが突然言論を統制させたのだと、因果関係が逆であることを突き詰めていく。
そしてこの本の分析姿勢自体が2003年という911以降の時代性の影響を色濃く受けていることが特徴的だと感じた。


難易度が高いというのは、当時(二・二六事件当時)の帝国陸軍の中の統制派、皇道派、宇垣一派、皇道派以外という構造を多少とも理解しておかなければ読解は難しいという意味だ。調べ物が多く読破には時間がかかった。事前に『昭和陸軍の軌跡』川田稔を読んでおくことを推奨する。