2018年2月14日水曜日

【高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、


高論卓説】恐怖指数と相場の乱高下 自動取引が誘発、

中長期の見方が肝要 世界的に株式市場が荒れている。2008年のリーマン・ショック以降、各国中央銀行は金融緩和を継続し、景気を上手にコントロールしてきた。「適温相場」と言われるゆえんである。ところが、こうした特殊な状況はいつまでも続けるわけにはいかない。どこかで緩和をゆっくりと停止しようとしていたところに、米国の長期金利が上昇を始め雇用統計の一部に景気過熱の兆候が見られた。  市場は、中央銀行は想定されていた以上に金融を引き締めるのではないかと考えた。これが今の株価下落の原因であろう。しかし、米長期金利もここから一気に上昇する気配もなく、株式市場は値幅調整からしばらくは日柄調整に入るだろうが、ここからの急落はもうないという見方が広がりつつある。  

米国市場の下落はNYダウでピークである1月26日の2万6616.71ドルから10日ほどかけて2月8日までに10%ほど下げた。この下げ幅はブラックマンデーのたった1日での22%下落の半分もないが、日中の上下の変動幅が異常に大きいので市場参加者は困惑している。  その原因として「リスク・パリティ」や「ターゲット・ボラティリティー」という新しい運用手法が高速自動売買システムと組み合わさって相場を攪乱(かくらん)させていると市場関係者は指摘する。これが何であるのか、興味深いので解説を試みてみよう。  

恐怖指数と呼ばれる「VIX指数」が最近よく話題になる。暴落時にはこれが相場と逆に暴騰するので恐怖指数なのである。この指数は米国で取引されたSP500指数の各種オプション価格の加重平均から逆算(インプライド・ボラティリティ)された市場の今後のボラティリティー(価格変動)の推定値でシカゴ・オプション取引所が公開している。投資家はこの指数をベースに先物を売買している。  

どういうことかというと、オプション(の買い)は損失を限定する契約の取引である。言ってみれば保険のようなものだ。保険であれば期間が長いと保険価格は高くなるし、リスクが高いとこれも当然価格が高くなる。従って市場で取引されたオプションの期間や価格、つまり保険料が分かると、今度は逆にオプション投資家がリスクをどれくらい推定しているのか計算することができるのだ。ここでいうリスクとは上記のボラティリティーのことで、これは例えば1カ月後の株価が現在価格の上下10%の中に収まっている確率は何%というような数値なのである。  

VIX指数は500銘柄の合成なので標準的な株式ファンドがさらされている価格変動リスクを示している。もう少し具体的に言えば100億の株式ファンドがあるとして、半年後に10億円を失うリスクを確率として計算できるのだ。VIX指数が上昇すると統計上の予想損失額が上昇するので、防御のために一定量の株式を売るのが前記のリスク・パリティやターゲット・ボラティリティーという新しい運用手法のやり方である。これに高速自動売買システムが加わって、他の投資家よりも少しでも早く執行しようとする。遅れるとせっかく計算していたリスクが変動するからだ。似たような投資手法が多くなった中で、市場の厚みはそれほどない。売りがVIX指数を上昇させ、VIX指数の上昇がまた売りを呼ぶ。これが急激な相場の上下動を生んでいる原因だとされている。  

投資家は、ここからは急な上下動にあまり翻弄されることなく、少し長めのチャートを見直してみるなどして、自分なりの中長期の相場観を見定めることが肝要である。

読者からの指摘があってVIX指数の定義を、SP500銘柄の個別オプションの算出から、SP500指数各種オプションのボラティリティの加重平均に訂正しました。
私はどこかからずっと勘違いしていたようです。




2018年2月1日木曜日

『昭和史の決定的瞬間』ちくま新書


備忘録として書いておく。

『昭和史の決定的瞬間』坂野潤治、ちくま新書、2004年、手にしたのは2013年の四刷り。

難易度は高いが面白い本だった。
普通の現代の知識人は、戦前日本は1936年の二・二六事件以降、テロを恐れて軍部に抵抗できる政治家がいなくなり、つまり言論も統制されて、翌年7月7日の盧溝橋事件に始まる日中戦争になだれ込み、その必然として第二次世界大戦へと至ったと考えがちだ。しかし、この理解の枠組の中では、戦前日本に存在したファッショに対抗する民主主義があたかも存在していないようではないか。という疑問から考察が始まる。

日本の民主主義は果たして敗戦とともに忽然と占領軍から与えられたものだろうか?

1936年の二・二六事件の6日前の2月20日には総選挙が挙行され、社会主義政党である社会大衆党が票を伸ばしていた事実を元に、当時の中央公論など雑誌に寄稿された記事、国会での発言等をたどりながら、当時もかなりのレベルで言論の自由が確保されていたことが検証される。これは二・二六事件以降も継続し、日本が言論の自由を喪失するのは盧溝橋事件の後であったことが明らかになる。超国家主義や、盲目的で愛国的な献身は決して日本の伝統ではなかったのだ。

言論の自由が奪われ、政党政治が抑圧されて日中戦争へと至ったのではなく、
日中戦争の勃発こそが突然言論を統制させたのだと、因果関係が逆であることを突き詰めていく。
そしてこの本の分析姿勢自体が2003年という911以降の時代性の影響を色濃く受けていることが特徴的だと感じた。


難易度が高いというのは、当時(二・二六事件当時)の帝国陸軍の中の統制派、皇道派、宇垣一派、皇道派以外という構造を多少とも理解しておかなければ読解は難しいという意味だ。調べ物が多く読破には時間がかかった。事前に『昭和陸軍の軌跡』川田稔を読んでおくことを推奨する。