2021年5月27日木曜日

リブラ騒動とその影響

 リブラ騒動とその影響 業界にデジタル通貨促し合理化誘発 

2021.5.27 06:00

デジタル通貨「ディエム」の運営団体が12日、スイスにおける決済免許の申請を撤回した。ディエムとは米フェイスブックが主導してきたデジタル通貨「リブラ」が名前を変えたものである。これによってディエムは本部機能を米国へと移し、当面は米ドルを裏付けとしたステーブルコインの発行に集中することになる。



 振り返れば2年前の2019年6月、フェイスブックはブロックチェーン(分散型台帳)を利用し、国境をまたいだ独自の仮想通貨「リブラ」をスタートさせると発表した。これには米ビザほか、マスターカード、ペイパル、ウーバー・テクノロジーズなど数十社のメンバーが参加するという具体的かつ壮大な計画だった。


 リブラのミッションは決済コストが高い既存の通貨に対して「世界数十億人の人に単純な通貨と金融インフラを提供すること」であった。リブラは既存の主要通貨の銀行預金や短期国債などを組み込んだ通貨バスケットを裏付けとした新しい通貨をつくりだそうとしたのである。


 世界には銀行口座を持てない人が数十億人いる、リブラの理念は資金決済の効率性や公平性からは理想的なものであったが、通貨を預かる各国の中央銀行は猛反発した。


 その理由は金融政策の有効性への懸念、マネーロンダリングや脱税など不正行為の可能性などさまざまで、この反応を見て当初のメンバーは次々と離脱していった。そしてリブラ自体も、名前をディエムと変え、世界をまたぐ新通貨の創設という壮大な計画から後退したのである。もっともフェイスブックのユーザーは世界に28億人もいるから、ディエムの今後の展開から目が離せないことは変わらない。


 さて、リブラによる騒動はわずか2年間だったが、通貨の世界では多くの出来事を引き起こした。その一つが各国中央銀行による「中央銀行デジタル通貨(CBDC)」開発の加速である。既存通貨への関わり方はさまざまであるが、いずれにせよ自国通貨の決済コストを低減させ、他のデジタル通貨に淘(とう)汰(た)されないように準備を促すことになった。


 またリブラに一番反応したのが中国で、デジタル人民元の実用化を一気に加速させた。これはハイテクを活用して人民元を世界の覇権通貨に押し上げようとした野心からではなく、中国はデジタル通貨をよく知るがゆえに、当初リブラが発表した通貨バスケットの過半が米ドルであったことを警戒し、むしろ人民元の防衛を目的としてデジタル化を急いだようだ。


 民間企業は中央銀行よりも小回りがきく。当初リブラの協力企業として名乗りを上げていたビザは米ドルベースのデジタル通貨を使った決済を始めると発表した。米金融大手のJPモルガン・チェースもブロックチェーン上で発行されるデジタル通貨「JPMコイン」を始めたし、その他にも米ウェルズ・ファーゴの「デジタル・キャッシュ」、スイスUBSの銀行間決済用デジタル通貨「USC」など、リブラ騒動は多くのデジタル通貨誕生を加速させることになったといえよう。


 しかしながらこうしたデジタル技術の革新は単純な決済コストの低下だけではなく、今後はローンや資金調達、有価証券や貿易金融などの分野にも影響を及ぼしていくことになる。ユーザーとしての利便性の向上とともに、合理化される金融業界の動向からも目が離せないだろう。


2021年5月24日月曜日

【高論卓説】中国「戦狼外交」 国家主席は軍と国民を制御できるのか

 危険な中国「戦狼外交」 国家主席は軍と国民を制御できるのか

2021.4.7 05:59


米アラスカで3月18日に開催された米中外相会談は、冒頭から激しい応酬で始まった。アントニー・ブリンケン米国務長官は、この会談では新疆ウイグル自治区、チベット、香港における中国の人権侵害のほか、サイバー攻撃、台湾への圧力に対する懸念、米国の同盟国への経済的な威圧などを取り上げると表明した。

すると中国の王毅外相は、米政府は圧倒的な軍事力と経済力によって諸外国を抑圧していると反論。楊潔●・中国共産党中央政治局委員(●=簾の广を厂に、兼を虎に)は米国こそ人権侵害が最悪の状態にあり、黒人が次々に殺されていると述べた。


 2分ずつを予定していた冒頭のスピーチは結局非難の応酬となり1時間以上続くことになった。外交使節がこうして大げさな言動をするのは多くの場合、自国民へのアピールだろう。


 中国は大国となったと自覚し、それにふさわしい名誉を望んだ。このやり取りを知って、最初に浮かんだイメージは、日本の戦前の外交官であり政治家でもある松岡洋右の1933年2月のジュネーブにおける国際連盟総会での演説であった。


 このとき、日本はリットン報告書をベースにした満洲に関する国際連盟の勧告を受け入れなかった。勧告の採決は賛成42票、反対は日本の1票(棄権が1票)だけ。松岡は堂々と演説し、議場を立ち去った。松岡は日本が脱退しないよう、つまり国際社会から孤立しないように努力したのだが、力足らずそれがかなわなかったことを悔やんだ。


 ところが、いざ帰国してみるとメディアや国民からは「ジュネーブの英雄」として、まるで凱旋(がいせん)将軍のように大歓迎されたのだった。その後の日本は国際社会から孤立していき、ファシズムの国家のメンバーとなる。


 今回のアラスカ会談と昔のジュネーブでの総会の内容が似ていると言いたいわけではない。外交とはつくづく内政の延長であると思ったのだ。


 中国は2月、海警局(日本の海上保安庁に相当)を準軍事組織に位置付け、外国船舶に対して武器使用を認める「海警法」を施行した。中国は台湾周辺海域での圧力を強め、現実に軍事衝突の懸念は強まっている。

また、3月9日の米インド太平洋軍のデービッドソン司令官による議会証言では「中国が一方的に現状変更を試みるリスクは高まっている」と懸念を示し、新任のアキリーノ太平洋艦隊司令官も中国は6年以内に軍事行動を起こす可能性があると警鐘を鳴らしている、


 私は2017年に第一次世界大戦の本を書いたが、約1世紀前の当時も一部の野心的な政治家や軍人以外は戦争が起こるなどとは考えていなかった。理由は、(1)経済的なメリットがない(2)不安定な政府は戦争を避ける(3)伝統的な外交で回避が可能(4)どんな戦争もすぐに終わる-などだ。


 当時、覇権国家の英国に挑戦し、軍備を増強していたドイツの皇帝ウィルヘルム2世でさえ、戦争勃発の危機が迫ると、ロシア皇帝ニコライ2世に戦争を避けるように求めた。しかしそのとき、軍は予定通りに作戦を遂行し、国民は歓喜の声をあげて戦場へと向かったのである。


 中国は好戦的な「戦狼外交」を推し進め、習近平国家主席への人格崇拝をエスカレートしている。何らかのボタンの掛け違いで本当に切迫した危機が訪れたとき、国家主席にそれを押しとどめるだけの力が残されているのだろうか。


 情報統制と国民に対する勇ましい言葉は、いつか自身に対する刃となりかねない。


2021年2月18日木曜日

【高論卓説】リブラのその後 2021年2月 

 

【高論卓説】フジサンケイ・ビジネスアイ

リブラのその後 2021年2月 

米会員制交流サイト(SNS)大手のフェイスブックは2019年6月、世界で通用するデジタル通貨「リブラ」の構想を発表した。世界中の貧しくて銀行を利用できないような階層にも、スマートフォンさえあれば安価な金融サービスを提供できるという趣旨で、これは「金融包摂」とも呼ばれた。

しかし、フェイスブックは世界会員数27億人を誇る巨大プラットフォーマーである。これには既存の金融業界だけではなく、通貨発行権を握る各国の中央銀行や、マネーロンダリング(資金洗浄)や不法送金を取り締まる規制当局からも強烈な反発を受けることになった。

 それから約1年半が経過して、世界が新型コロナウイルス禍で忙殺される昨年12月、今回はあまり話題にならなかったがリブラの名称を「Diem(ディエム)」に変更した。リブラは主要通貨バスケットによる実物資産を裏付けとした全く新しい通貨単位だったが、今度は米ドルを裏付けとしたディエムドルを発行する計画だという。


 名前の変更は通貨の覇権を奪取するというイメージを拭い去り、もっと地道なスタートラインに立つためのものである。リブラは規模を縮小して再スタートとなったが、当初の発表そのものが投げかけた波紋は大きかった。


 特に通貨発行益(シニョリッジ)や貨幣発行量の調節などによる金融政策に影響する懸念があった中銀では、自身によるデジタル通貨(CBDC)開発が加速することになった。


 1月27日公表の国際決済銀行(BIS)の各国中銀に対するCBDCへの取り組みを問う調査では、19年に42%だった実証研究段階への進展は20年には60%へと一気に高まっている。だが、全体の60%は、近い将来におけるCBDC発行の可能性は低いと回答している。実証研究に入っているが、具体的な発行は考えていないのが大勢なのである。


 日本銀行も現時点でCBDCを発行する具体的な計画はないが、決済システム全体の安定性と効率性を確保する観点から準備だけはしておくという姿勢である。


 調査からは、先進国に比べて金融インフラが脆弱な新興国ほど、金融包摂の観点からCBDC発行に積極的であることも読み取れた。


 一方、中国はリブラの発表に最も敏感に反応した国である。既に深センなどでCBDCを使った電子決済の実証実験を行い、北京、天津、香港、マカオなどにエリアを拡大させている。これは来年2月開催の北京冬季五輪に向けてデジタル人民元を発行する計画の一部である。


 デジタル人民元の開発を加速させていることと、「一帯一路」構想下で対中経済依存度が高い諸国に影響を及ぼすことを踏まえると、一時はデジタル人民元による世界通貨覇権への懸念が日本を含む西側諸国に広がった。


 中国は技術的には世界に先行している。しかしながら、中国が資本規制を続けていること、また人民元のレートがいまだ中国人民銀行が管理し続けていることなどから、世界の大きな決済資金は容易に人民元には向かわないだろう。


 皮肉なことに人民元の通貨覇権への道筋が見えるのは、中国がその強権的な対外姿勢を崩したときではないだろうか。


板谷敏彦

2021年1月21日木曜日

【高論卓説】キスカ島撤退作戦と新型コロナ対策

 キスカ島撤退作戦と新型コロナ対策

2021.1.14 06:00

 ■統計データに基づく学者の知見生かせ

1965(昭和40)年封切りの三船敏郎主演、東宝オールキャスト『太平洋奇跡の作戦 キスカ』をご存じだろうか。旧日本海軍の作戦の中でも珍しく大成功をおさめたキスカ島撤退作戦を映画化したものだ。軍事オタクの間では今でも大人気で、比較的史実に忠実に製作された傑作映画である。


 キスカ島は寒いアリューシャン列島にある。42年6月にミッドウェー作戦の支作戦として遂行されたアッツ島攻略作戦によってアッツ島とともに日本軍が占領した島だ。


 その後アッツ島はさしたる活動もないままに43年5月に米軍の侵攻によって玉砕。キスカ島も米軍制空権下に補給もままならず、その軍事的存在意義を喪失した。約5200人の将兵は餓死か玉砕を待つばかりとなったが、ここに撤退作戦が挙行されることになった。これがキスカ島撤退作戦である。


 潜水艦による作戦では量的に不足で、同方面の第5艦隊水雷戦隊(駆逐艦主体)の海上艦艇による輸送作戦と決したが、島は既に米軍の制空権下にあり、米海軍の有力艦艇が警戒する中での作戦となる。作戦のポイントは夏にアリューシャン列島に発生しやすい霧の存在である。米軍の攻撃をかわすためには霧の中で隠密理に撤退作戦を遂行せねばならない。



 映画で名優、児玉清は中央気象台付属気象技術官養成所(現気象大学)出身の海軍予備仕官、竹永少尉を演じる。竹永少尉は各方面からありとあらゆる入手可能なデータを集めて霧の発生予測精度を上げた。海水温と大気温の差などを条件に北千島に霧が発生した2日後に90%の確率でキスカに霧が発生するというところまで突き止めた。


 ところが戦果を上げたい気持ちのはやる兵科の将校たちから「霧は発生すると言え」と迫られる。しかし霧は科学的な条件がそろわなければ発生しないのである。


 水雷戦隊の司令官、三船敏郎演じる木村昌福少将はエリート提督ではなかったが、現場をよく知る兵から評判の良い指揮官だった。彼には中央の海軍軍令部の参謀たちからも早く出撃しろとの督促がくる。木村は相手にしなかった。なぜなら作戦の目的は勇ましい姿勢を見せることではなく、キスカの兵員を救助することにあるからだ。


 そして竹永少尉がようやく霧の発生を予測するとこう言った。「学者の言うことを信じよう」。かくして水雷戦隊が出撃するとキスカ島は霧に包まれ、奇跡と呼ばれる救出作戦は大成功となったのだ。



 現在の新型コロナウイルス禍の先行きは残念ながらキスカの霧同様はっきりしたことは分からない。コロナ対策では経済を止めるなという圧力が存在する。また東京五輪開催への日程もあるだろう。それらは政治家だけではなく国民にとっても重要なものに違いない。しかし一方で対策の目的はコロナ禍から国民を救うことにあることを忘れてはならない。


 昨年春先に「8割おじさん」で有名になった理論疫学者の西浦博・京大教授はアカデミックな統計データを用いて、東京都の感染者数を十分に減少させるには、2020年の緊急事態宣言と同等のレベルの効果を想定しても2月末までかかると意見している。


 小規模な規制は戦力の逐次投入と同様に効果は薄く資源を浪費する。もう少し学者の言うことを聞いてはどうだろうか。


板谷敏彦

2020年10月13日火曜日

【高論卓説】仮想通貨「リブラ」のその後 


 仮想通貨「リブラ」のその後 動き鈍いが世界各国で研究活発化

2020.10.13 05:00

今年1月の経済産業省の資料「キャッシュレスの現状及び意義」によると、主要先進国のキャッシュレス決済比率は40~60%だが日本は約20%台なのだそうだ。また現金の流通残高の対名目GDP(国内総生産)比率も約20%で、これも世界の中で突出して高い。つまり日本人は他国に比べて現金が大好きだということになる。



 そんな日本もコロナ禍以降のATM(現金自動預払機)の使用頻度は激減している。外出が減りネットでクレジットカードを使った購入が増えたのであれば当然のことだろう。ただし高額紙幣の比率は増えていて現金そのものの量は減っていないようだ。日本は金利がほぼないに等しいから銀行に預金するインセンティブが少ないのも大きな理由だろう。


 昨年来、米フェイスブックが世界に向けて提案している仮想デジタル通貨の「リブラ」。「金融包摂」すなわち「世界の貧しい人たちにも安価な金融サービスを」という高邁(こうまん)な思想とともに、フェイスブックが持つ膨大なユーザー数がもたらす通貨そのものに対する影響力から大きな反響を呼んだ。


 だが発表から1年以上が経過した現在、リブラの進捗(しんちょく)は緩慢で、リブラそのものよりも、リブラという巨大な石が水面に投げ落とされたことによって広がった波紋の方がむしろ注目されていると言ったほうがいいだろう。



 リブラは通貨主権を持つ国家や中央銀行の激しい反発を招いた。マネーロンダリングの温床となるとの指摘もあったが、それは他通貨でも同様の技術上の問題であろう。むしろこれはシニョリッジ(通貨発行益)の問題やリブラ普及後の金融政策の有効性の問題などからで、まさに主権の侵害問題である。


 そして、その結果として昨年来中央銀行デジタル通貨(CBDC)の開発が各国で加速することになった。欧州連合(EU)は9月にリブラを念頭においたデジタル通貨の規制案を公表した。


 これによると、通貨の発行体はEUに拠点を置き、欧州銀行監督局(EBA)から直接監督される必要があるので、スイスに拠点を置く予定のリブラは根本から計画の再考を余儀なくされることになる。


 一方で既存の銀行業界からは、米JPモルガンのJPMコインのように複数の国の貨幣を背景にした独自の暗号資産(仮想通貨)の実用化を進める動きもあるが、これは業界内の競争者の協力を得られるかがポイントになるだろう。



 以前からデジタル人民元の導入を研究していた中国のリブラに対する反応は特に際立った。中国人民銀行(中央銀行)は5月に河北省の雄安新区や、2022年に予定されている北京冬季五輪の会場などの5カ所でデジタル人民元の実証実験を進めていることを公表した。


 通貨覇権の争いという側面から西側のデジタル人民元に対する警戒は強いが、人民元そのものの自由化が制限されている以上、主要通貨に対する当面の脅威は大きくないだろう。


 現金が大好きな日本はどうか、7月に閣議決定された20年度の「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)」中で、いよいよ中央銀行デジタル通貨(CDBC)について言及があった。


 具体的には「中央銀行デジタル通貨については、日本銀行において技術的な検証を狙いとした実証実験を行うなど、各国と連携しつつ検討を行う」と一文が入っただけではあるが、リブラの波紋への対応は加速している。


2020年9月15日火曜日

【高論卓説】国際金融市場での日本終戦はいつだったのか

  外債の全額返済決め信用向上 国際金融の日本終戦はいつだったのか

2020.8.18 


8月の終戦の日が近づくと、金融分野では戦前に発行された外貨建て日本国債がよく話題になる。1897年、日本は日清戦争の賠償金を元手に金本位制を採用した。日本政府が発行する紙幣はいつでも金と交換が可能で、金の価値を媒介にして各国通貨と固定為替レートを持つことになった。当時先進国のほとんどは金本位制を採用しており、これによって日本も先進国に一歩近づいたと理解された。(板谷敏彦)


金本位制の採用は為替レートの固定化によって貿易が促進されるとともに、海外からの資金調達の道を開いた。金本位制維持は財政的な信用そのものでもあった。1904年に始まる日露戦争では、日本は外貨建て公債を発行し、戦費約18億円のうち7億円分(政府手取りベース)を海外からの借金で賄ったことは有名である。


その後世界は金本位制から管理相場制へと移行したが、日本は関東大震災の震災復興債、電力債や東京市債など外資を積極的に導入した。ところが第二次世界大戦がその連続性を断ち切ることになった。当時の債券には債券本体に利払い用のクーポンがついていた。このクーポンを債券本体から切り取って各国に設定してある財務代理人の銀行に持ち込めば現金に換えてくれる手法だった。


 日本公債の場合、米ニューヨーク、ロンドンとも横浜正金銀行が財務代理人だったので、開戦とともに閉店、利払いは停止された。デフォルトの一種である。日本公債の一部には中立国スイス・チューリッヒでクーポンが支払われるものあり、戦争中も支払いが継続された。


 戦争が終わると、といっても終戦の日は1945年8月15日だが、連合国との法的な戦争状態の終了は52年4月28日のサンフランシスコ平和条約の効力発生日になる。“国際金融の終戦”はこの時である。


 この時、日本は公職追放が解除された元蔵相、津島寿一を代表とする外債処理代表団をニューヨークに送りこんだ。中断していた戦前の外債を全額返済するための再開交渉である。この交渉時の対象外債のリストが残されている。英ポンド建て債券13銘柄、米ドル建て14銘柄、仏フラン債が1銘柄、日本円換算合計約1670億円だった。古い外債では金本位制採用後間もなくの1899年発行の第1回四分利債なども延長されて残っていた。「日露戦争の借金は1980年代までユダヤに支払わされた」とよくユダヤ陰謀論で持ち出される日露戦争時の外債は、現実には既に返済が終了してリストに入ってはいない。


この時の日本政府の基本方針は、敗戦国としての同情による減額を要請せずに、棚上げ期間の約10年をなかったものとして、そのまま今から継続してきっちりと返済するというものだった。これは戦後復興資金獲得のために日本政府の財政的な信用を維持しておきたいという考えが基礎になっており、当時の内外のメディアを探ると、為替の支払い条件でもめたフランス以外では、日本は高い評価をもらっている。


 さて、日本はいつまで戦前発行された外債の元利返済をしていたのだろうか。もめたフラン債が85年で完済された。


 一方で最も古い1899年発行のポンド建て第1回四分利債は津島のこの時の交渉で満期を1963年にまで延長したが、その後満期時に借換債が発行されて、結局最後の返済は日本がバブルに踊る88年の6月のことだった。満期90年近い債券となったのだ。借金は払わされたのではなく、日本の財務的な信用を高めるために日本政府によって積極的に支払われたのである。




2020年6月19日金曜日

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

【高論卓説】コロナ禍で加速するデジタル通貨 

新型コロナウイルス感染症の流行によって、通貨のデジタル化が身近に感じられるようになった。スーパーマーケットに行けば、レジの店員は手袋を装着し、お金は直接手渡しせずにトレイの上に一旦置いてから受け取るようになった。

 さらにレジではクレジットカード決済の機械が目立つようになった。以前は、程度の差こそあれ、カードの使用にはサインや暗証番号の入力を求める店が多かったが、最近は少額決済ではカードを差し込むだけの形態が増えてきた。カードの抜き差しも顧客が自身で行い、レジの店員との接触は完全に排除されようとしている。正確な統計はないが現金での支払いはかなり減ってきた印象を受ける。

 この間、世界では米フェイスブックが推し進めるリブラをはじめとするデジタル化された「ステーブルコイン(価格が安定した仮想通貨)」の実用化も確実に進捗(しんちょく)しつつある。

 リブラは昨年の計画発表時に各方面から猛反対を受けたこともあり、今年4月には、以前の全く新しい通貨リブラの創設から、とりあえずは各国の単一通貨のデジタル版へと実質上のスペックダウンを発表した。

 ただし複数通貨で構成されるバスケットも健在で、それは「米ドル、ユーロ、英ポンド、シンガポール・ドル」の4通貨で構成されるとあり、日本円はなぜか入っていない
 リブラ協会のホームページによると協会の構成メンバーには日本企業が入っておらず、シンガポールの政府系ファンド、テマセクが新たにメンバーに入っている。

 リブラは年内にスタートしたいとしている。世界で27億人のユーザーを持つフェイスブックが動き出したときに日本円がデジタル化で出遅れないか、携帯電話のガラパゴス化の記憶もあり少し心配なところだ。


 中国では民間ではなく中国人民銀行が深セン、蘇州、雄安、成都の4都市で中央銀行デジタル通貨(CBDC)のデジタル人民元の試験運用を先行しており、将来的に2022年の冬季オリンピック会場において試験運用を行うと明言している。
 中国では既にアリペイやテンセントが提供するウィーチャットペイなど民間のデジタル通貨が一気に普及した経緯があった。人民銀行はこれら既存のデジタル通貨に対して「網聯」と呼ばれる統一された決済機関を設立し、必ず銀行と情報をやり取りすることで集中管理しデジタル人民元との併存を図る。中国のCBDCは中央銀行があり既存の銀行も残る二層方式というやり方で、既に方向性が固まり実行するのみの状況にある。


 日本国内では、CBDCなどのデジタル通貨の決済インフラの実現を目指すための検討会が発足した。みずほ銀行や三菱UFJ銀行、三井住友銀行のほか、われわれになじみ深いSuica(スイカ)のJR東日本やNTTグループ、セブン&アイ・ホールディングスなどが参加する。協力会社にはアクセンチュアとシグマクシス、オブザーバーとして日本銀行や財務省、金融庁などが加わる。

 リブラや中国のCBDCも含めたステーブルコイン実用化はコロナ禍による人と人との接触回避の傾向もあり加速しそうだ。だがドルや人民元のように通貨覇権の競争下にない日本円の立ち位置でいうならば僅差のタイムレースをしているわけでもない。使われるものであることが一番大事だ。ユーザーにとって利便性の高いフレンドリーなステーブルコインの実用化が望まれる。